この記事では、「堪える」と「怺える」の意味や違いを分かりやすく説明していきます。
「堪える」とは?
罵倒されようが、暴力を受けても逆らわず、我慢することを「堪える」【たえる】といいます。
精神的な苦しみや肉体的な苦痛を感じても耐え忍び、相手の成すがままにされるという意味で使われている言葉です。
また、車で事故を起こして骨折した痛みを我慢する、相手からいきなり犯人扱いされても反論せず、じっとその場をやり過ごすため感情を表に出さないようにするという意味もあります。
「怺える」とは?
痛くても、苦しくとも耐えて相手の思うがままにされることを「怺える」【こらえる】といいます。
相手に殴られても、引きずり回されても大きな声を出してやめるように言ったり、逃げるといった行動もしません。
ただ痛みにひたすら身動きせず堪えるのです。
このような意味から、食べ物がなくてもひたすら飢えに「怺える」のです。
それほど忍耐強く苦境に耐える人の様を表します。
「堪える」と「怺える」の違い
「堪える」と「怺える」の違いを、分かりやすく解説します。
酷く辛い立場に追い込まれても我慢することを「堪える」といいます。
理不尽な理由で責められても反論しない、虐められてもひたすら反撃しません。
もう一方の「怺える」は辛い状況にじっと耐え忍ぶ様を指し、何度暴力を受けても我慢する生活を長年続けているといった意味で使われています。
それだけ「堪える」より寒さに何日も我慢する、痛くても身を小さくして我慢するのです。
「堪える」の例文
・『息子からの激しい暴力に堪える妹を見て胸が苦しむ』
・『地震で倒壊した家屋に押し潰されそうになりながらも堪えた』
「怺える」の例文
・『病気で働けない妹は収入がなくなり、貧困に怺える』
・『酒乱の夫にひたすら怺える姉の姿に胸が苦しくなる』
まとめ
「たえる」「こらえる」と読む言葉ではありますが、使い方に違いがあります。
どのように耐え忍ぶかに注目してうまく使い分けてみるといいでしょう。